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アラタナ+Special Talk

アラタナ+コロプラ馬場功淳様

宮崎の強みと弱みを意識して人材教育を

馬場さんと濵渦は、実は2人とも宮崎県の都城工業高等専門学校の出身。
先輩と後輩という間柄です。

今回の対談では「都城高専時代」のお話から、「経営論」「人材育成論」に至るまで、2014年4月22日に東証一部上場を果たしたばかりの馬場さんにお話を伺いました。

都城高専から生まれた2人のIT起業家

濵渦
あまりメディアに出られない馬場さんに、同じ宮崎県の都城工業高等専門学校の後輩という特権を生かして、今日は「勉強させてください」という感じで来たんですけども。
せっかくなので都城高専(都城工業高等専門学校)時代のお話からできればと。馬場さんはもともと宮崎県のご出身ではないですよね?
馬場様
もともとは関西の伊丹市という大阪空港があるところに小学校まで住んでいて、それから宮崎県宮崎市に転校をし、3年間宮崎で過ごしました。
高校もそのまま宮崎で進学するつもりでしたが、親の福岡への転勤がわかっていたので、寮のある高専を探して都城高専を見つけました。
濵渦
僕と馬場さんは同じ寮生だったので、もしかしたら当時どこかですれ違っていたかも…。
高専は超体育会系なので1年生なんて先輩には目も合わせられなかった。(笑)
馬場様
いやいや、僕らの頃からだいぶ緩くなっていったと思いますけどね。(笑)
特筆すべき点は、同じ時代に都城高専の電気工学科から2人のIT社長が出たっていうところですよね。
有名なところだと電波高専や長野高専出身の社長はいたりするんですけどね。
南の果ての高専から出たのは奇跡以外のなにものでもないと思う。(笑)
濵渦
都城高専の学生を訪問しに行くと、今となっては馬場さんは偉大なOBという存在で、学生のパソコンのスクリーンセーバーには、馬場さんの写真が出てるんですよ。
それを見てすごく嫉妬しました。(笑)
「いつか僕のスクリーンセーバーに変えてやる」と思っています。
馬場さんは、都城高専の学生にとってもロールモデルだし、僕にとっても目標です。

株式会社コロプラ馬場 功淳様

自分でプログラムコードを書く、年商167億企業の社長

濵渦
高専卒業後、九州工業大学に編入されたそうですが、元々起業願望はあったのですか?
馬場様
全くなかったですよ。
バリバリの大手志向で、将来はメーカーに行きたいと思っていました。
濵渦
大学のときは真面目に勉強されていたんですか?
馬場様
情報系の大学だったので、周りの人もそうだし、授業もみんな好きだったので、「これは面白いぞ」と相当勉強しました。
ただ、その内の1年間はゲームばかりやっていましたけど。
今、考えるとその経験が良かったですね。
濵渦
それが今に繋がってきているわけですね。
馬場様
完全に繋がっていますね。
「コロニーな生活」というのは学生時代アルバイトをしているときに作りました。
当時、大学の修士過程に行こうかと思ったんですけど、お金が無くて。
そんな折に東京のベンチャー企業が、九州でラボを運営するメンバーを集めているのを友人から聞いて、そこに名乗り出たのがこの世界に入ったきっかけ。
…なので、この世界に入ったのは偶然ですね。(笑)
そうでなければ、研究者になっていたか、メーカーに就職していたと思います。
濵渦
その偶然から今や年商167億という会社の社長に…。
馬場様
人生、何があるかわからないですね。
濵渦
「コロニーな生活」から、スマートフォン向けのゲームにシフトしようと思ったきっかけはあったんですか?

株式会社コロプラ馬場 功淳様

馬場様
2008年に会社を作って、3年目くらいまでは「コロニーな生活」をはじめとする位置情報ゲームの運営だけで売上げが伸びていたんですけど、2011年当時はGREEさんやDeNAさんといった大手プラットフォーマーの存在が圧倒的だったじゃないですか。
「これからどうしようかな」と思っていた矢先に、社員がみんなスマートフォンを持ち始めて。それで何をやっているのかと見てみたら「コロニーな生活」でもなく、GREEさんやDeNAさんのゲームでもなく、「コイン落とし」とか「なめこの栽培」とかをやっていたんですよ。
携帯ゲームの会社の社員なのに、スマホアプリでゲームをやっているのを見て、将来はアプリが主戦場になるんじゃないかなと思って。それでノウハウの無い中、コロプラ初のスマホゲームとなる「きらきらドロップ!」を作ったら、そこそこいけたんですよね。
濵渦
携帯ゲーム各社が多額の広告費をかけてプロモーションをしていた時代に、大きな広告を打たず、アプリ自体の魅力でヒットしたというのはすごいことですよね。
僕が馬場さんと東京で初めて食事に行かせてもらったときは、「魔法使いと黒猫のウィズ」を作る直前の頃でした。
アプリを馬場さん自身が作っていると聞いてすごくかっこいいと思いました。
馬場様
ずっとコードを書いていましたからね。
濵渦
僕自身は「自分が本当に好きなものじゃないと本当の成功はない」と思っていて、コロプラさんの場合、社長である馬場さん自身がコードを書けるということに加えて、ネットワークゲーム、ひいてはゲームそのものが好きなことがDNAとして存在しているのではないかと思うのですが、いかがですか?
馬場様
それはあるかもしれないですね。
あくまで「かも」のお話ですけどね。なぜかというと、あまりに自分の好きなものだといいものが作れないから。
思い入れが強くなると、距離感が測りづらく、ときに仕事において邪魔をしてしまいます。
全然知らないものをやるのもダメだけど、本当に好きすぎるものは上手く行かないんですよね。
そういう意味で、僕はゲームを作ることは得意だと思います。

宮崎の強みと弱みを意識して「人材教育」を

濵渦
僕の話になりますが、今宮崎でオフィスを構えて社員が120人ほどいます。経営理念として「宮崎に1000人の雇用を作る」ことを掲げています。
そこで、コロプラさんが採用や人材育成の面で、優秀なエンジニアやデザイナーを育てるために意識していることを教えて頂きたいなと。
馬場様
一言で言えば、素直な人を採用するということですね。
その時のスキルというより、素直な人を採用した方が成長は早いです。
今のデザイナーにUI(ユーザーインターフェース)を作ってくれと言ったところで、UIの理屈を知っている人なんてほとんどいない。
結局は新しいものを使わなくてはならない。
今までの経験が通用しない状況が多々生じる業界なので、我々の採用では、持っているスキルの重要度はそれほど高くないです。
それよりもその人が素直かどうか、成長できるかどうかを重視します。
濵渦
そうですね、僕らみたいな。(笑)
馬場様
宮崎は人がすごく温かいんですよ。
僕は関西、宮崎、福岡、東京と住みましたが、僕の中で一番人が温かいと感じたのは宮崎ですね。

ただやはり東京の方が人材の層は厚いし、成長を促す情報も早い。
宮崎で仮に1000人の雇用を作る場合、まずは東京のそういった側面をいかに取り入れるかということが重要だと思います。

濵渦伸次、株式会社コロプラ馬場 功淳様

濵渦
最前線である東京の教育の仕組み、情報の早さを宮崎に持ち込んで、素直な人を育てていく方がいいということですね。
そういう意味では、私達アラタナは、東京にグループ会社があるので、グループのメンバーに宮崎に来てもらったり、アラタナのエンジニアは東京に行ったりして、相互に技術を吸収できる機会や環境を作っています。
馬場様
結局のところ、どんな会社でも入社してから勉強することが多い。
そうなると「キーパーソンを何人集められるか」「その下に何人つけて、どう教育するのか」が勝負になるのではないかと思っています。

また、アラタナが宮崎にあることを強みに転換していくためには、東京では「これは考えつかないだろう」というビジネスを日本全国・世界に向けてやった方がいいと思いますね。
地方発の情報が伝播していく遅さを逆手に取って、ブルーオーシャンをひたすら進む。

誤解を恐れず言わせていただくと、いま宮崎でアラタナがとても注目されているので、そこに入ったことでクリエイターが慢心してしまう恐れがあると思っていて。
東京には、自分より実力が上の人がうじゃうじゃいて、そこでしのぎを削っている人が沢山いる現実がある。
だから、宮崎にいることの強みと弱みをきちんと理解することが、大事なのではないかと。
濵渦
宮崎にいる利点を最優先して、宮崎に居続けることを目的化するなということですよね。
先輩だからこそ聞ける意見、ありがとうございました。
馬場 功淳(ばば なるあつ)様プロフィール
  • 株式会社コロプラ 代表取締役社長
  • <略歴>
  • 1978年 兵庫県生まれ
  • 都城工業高等専門学校時代はラグビー部に所属し高専ラグビー大会で日本一に。
  • 九州工業大学に編入後、アルバイトで始めたアプリ開発にのめり込む。
  • 2003年に個人で「コロニーな生活」サービスを開始。
  • 2008年に株式会社コロプラを設立。
  • http://colopl.co.jp/